疾患概説

摂食障害は食行動異常とそれに伴う認知や情動の障害を主徴とした疾患である。摂食障害は主に神経性やせ症・神経性過食症・過食性障害のことを指すが、ここでは神経性やせ症と神経性過食症について概説する。

神経性やせ症

神経性やせ症(anorexia nervosa)では、ボディイメージのゆがみがみられ、明らかな低体重・低栄養状態にも関わらず、患者はその重篤さを認識できない。患者の自己評価は体型・体重に大いに依存しており、体重が増えることを極端に恐れたり、さらに減量しようとしたりする。食事摂取量を著しく減らす患者がいる一方で、それだけでなく、反動で過食し、嘔吐や緩下剤・利尿薬の不適切な使用により体重増加を防ごうとする患者もいる。従来、神経性無食欲症や神経性食思不振症などと呼ばれてきたが、必ずしも患者の食欲は低下しておらず、肥満恐怖のために食事が食べられないのである。そのため、これまでの神経性無食欲症や神経性食思不振症という病名は疾患の本態を現していないとの指摘を考慮し、米国精神医学会の診断基準であるDSM-5の日本語版では神経性やせ症という新しい病名がつけられた。
症状
身体症状としては、正常下限を下回るるい痩があり、成人ではBMI(注)が15kg/m2未満になると最重度と診断される。低血圧、徐脈、低体温、無月経、便秘、下肢の浮腫、贅毛、皮膚の乾燥、手掌や足底の黄染などがみられる。過食嘔吐がある場合には、唾液腺腫脹や手背に吐きだこがみられる。血液検査では脱水、貧血や白血球減少、肝機能異常、低タンパク血症、高コレステロール血症、低T3症候群などがみられ、嘔吐や下剤乱用などの排出行動による低K血症、極端な塩分制限や多飲による低Na血症、過活動によるCPK上昇をきたす。脱水により一見データが正常に見えることもあるので注意が必要である。その他心電図でQT延長やT波異常、MRIで脳萎縮などもみられる。骨粗しょう症や腎機能障害はしばしば非可逆的である。

精神症状としては、飢餓の影響で抑うつや不安、強迫性が増強する。また、根底には自尊心の低下が存在している。
病識がないため、親や医療者との関係が悪化することがある。体力低下に伴い、学業や仕事の能率の低下もみられるようになり、日常生活にも支障が生じる。

注:BMI(Body Mass Index) = 体重(kg) / 身長2(m) 18.5未満はやせと分類される。
精神疾患併存症
神経性やせ症は様々な精神疾患を併存することがある。併存しうる精神疾患として、抑うつ障害、双極性障害、不安症(社交不安症、パニック症など)、強迫症、パーソナリティ障害、神経発達障害、アルコールその他の薬物の物質使用障害(乱用・依存)などがある。これらの併存のため摂食障害の治療がより複雑になるが、それぞれの病態に応じた治療や工夫が必要である。
経過と予後
患者は病識に乏しく、受診が遅れがちで、極端な体重低下のみならず、全身倦怠感、無月経、便秘などで非専門医を受診することも多い。経過は複雑で、神経性やせ症の摂食制限型は、しばしば過食排出型や神経性過食症に移行する。体重や月経、さらに、認知面も含めた完全回復には年単位の時間がかかることもある。本症の死亡率は6~20%で、他の精神疾患より高く、極度の低栄養に起因する衰弱死、不整脈、感染症、自殺などが主な要因とされている。予後不良因子として、過食嘔吐、下剤乱用、罹病期間の長さなどが挙げられており、早急な介入が望まれる。
治療
治療では、食行動の改善、それに伴う身体面の改善(体重増加・月経回復)、心理面の改善、学校や職場での適応などを目標とする。認知行動療法、家族療法などの心理療法のエビデンスが報告されている。薬物療法としては、オランザピンの適応症が併存する患者では、オランザピンが強迫性の低減、体重増加の助けになる可能性がある。
当事者は家族に連れられて受診することが多い。低栄養による身体・心理面への悪影響の教育は、治療動機の確立に極めて重要となる。その上で、食事は、三食の規則正しい摂取を促し、少量より段階的に増量する。それらに伴い様々な葛藤や抵抗が生じるため、支持的なケアも必要である。家庭や学校の協力も不可欠となる。
食事を摂取しても急激に体重が増加しないことを診察でともに確認し繰り返し実感してもらうことも、認知の修正には大切である。また、栄養療法により飢餓症候群が改善されると、身体面のみならず認知面の改善がしばしば見られるため、その点も患者に伝える。
対人関係や家族関係に問題を抱えている場合も多く、これらの調整は社会適応を促進する上で必要である。

まずは外来治療で治療を開始する。低体重が著しい場合、重症の身体合併症や全身衰弱が強い場合は積極的な入院の適応である。このほか急な体重減少がみられた場合や重篤な精神症状がみられる場合に入院が必要になることもある。また、外来治療で改善が見られない場合は入院治療に移行する。さらに、低体重が著しくなくとも、入院治療を選択する場合もある。

神経性過食症

神経性過食症(bulimia nervosa)とは、食行動異常の一つで、食のコントロールが困難となって、頻繁な過食が見られる疾患である。米国精神医学会の診断基準の前版であるDSM-IV-TRまでの日本語版では、神経性大食症という訳語も用いられた。過食による体重増加を打ち消すための代償行動(自発性嘔吐や下剤乱用など)も見られる。心理面では神経性やせ症と同じく、体重や体型が自己評価を左右する。体重は過食と代償行動のバランスで決まり、正常体重のこともあるため、周囲には気付かれにくい。本人も症状を隠し、治療を受けないまま何年も経過することもある。体重は正常であっても過食嘔吐に伴う身体症状が見られることもあり、心身両面からの治療が必要な疾患である。
症状
過食は、英語ではbinge eating、 bingingと言われる、短時間に詰め込むような過食であり、「むちゃ食い」と訳されることもある。DSM-IV-TRまでは「週2回以上3カ月以上」という診断基準であったが、DSM-5では「週1回以上」となり、より軽症も含むようになった。むちゃ食いは、自分では止められない「失コントロール感」を伴う。
代償行動には、自発性嘔吐、下剤乱用のほか、利尿剤乱用や、過食時間以外の極端な節食などもある。嘔吐や下痢(下剤乱用時)によってカリウムが失われ、低K血症となる場合がある。不整脈を生じることもあるため、正常体重であっても、血液検査や心電図検査は必要である。嘔吐により唾液腺炎が起きたり、歯のエナメル質が溶けたりすることもある。

心理面では、神経性やせ症と同じく、自己評価が体重や体型に左右される。わずかな体重増加も許せないといった完全癖傾向が見られることも多い。
夜間の過食嘔吐による疲労、体重増による抑うつ感などから、登校・出勤できなくなることもある。過食経費がかさみ、生活に支障をきたすことも多い。
精神疾患併存症
神経性過食症には、抑うつ障害やパニック症、アルコールやその他の薬物の物質利用障害(乱用・依存)などさまざまな精神疾患が併存することがある。パーソナリティ障害群、特に境界性パーソナリティ障害の併存も多い。過食は軽減しても、飲酒量が増えるという場合もあるので、症状の全体像をとらえて治療計画を考えることが重要である。
経過と予後
神経性やせ症の経過中に過食が始まり、神経性過食症の診断基準に当てはまる状態となる場合もあるが、神経性やせ症の診断基準は満たさない軽いダイエットから始まる場合もある。一方、抑うつ状態の経過中に過食嘔吐が激しくなる場合もある。一過性の経過もあるが、慢性化する場合もある。代償行動が重症の場合は慢性化しやすく、身体症状も強いため、心身両面からの治療が欠かせない。当事者は、過食や嘔吐を病気だとは認識していない場合も多い。過食代償行動の悪循環が習慣化する前の受診の呼びかけが望まれる。
治療
治療は、過食嘔吐の軽減、心理面の改善、学校や職場での適応の援助などを目標とする。当事者は「過食嘔吐を止めたい」と希望する場合と「対人関係を何とかしてほしい」と希望する場合がある。症状軽減と心理的援助の両方が必要だが、症状が重症で生活が破綻しているような場合は、症状コントロールを行ってから心理面の援助を行う。英国の治療ガイドラインであるNICEガイドラインでは、治療の第一段階では、生活の規則化や症状モニターを当事者が行うガイデッドセルフへルプを勧めている。
SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)など抗うつ剤は症状軽減のエビデンスが示されている。しかし、長期の効果については不明である。薬物投与だけではなく、心理面、生活面の援助も同時に行う必要がある。心理療法では認知行動療法や対人関係療法の効果も示されている。

神経性過食症は、外来治療が基本だが、生活リズムを改善できない場合、重症の身体合併症がある場合、抑うつ感が強く、安全な場所での薬物調整や閉鎖病棟対応が必要な場合などは、入院治療を行う場合もある。